ファー・イーストに住む君へ-9-
医大衛生学 大槻 剛巳
久しぶりだね.ようやく何となく腰を落ち着かせる事ができるようになって,2年が経って,ついこの間も帰国直前に君に宛てた手紙を読み返して(川崎医科大学研究センターニュース48:30-31,1996)(注:ファー・イーストに住む君へ-1-,
-2- です),あの頃,心に決めた努力をどこかに置き去りにしているのではないだろうかって,忙しさと雑事ににかまけて,本来僕が精進すべき事項を後回しにしているのではないだろうかって,ちょっと情けなく思ったりもしたものだよ.「初心忘れるべからず」とは良く云った言葉で,正面から真当なことを云われると,つい避けがちになってしまう気持ちを奮い立たせて,「吾が本分」に一生懸命努力しないといけないんだよね.
ところで,本当,この1年はいろんな発表やなんかで忙しくしていたのだけれど,楽しいことも沢山あって,もう1年近く前になるけれど,鹿児島で学会があったとき(第5回日本職業アレルギー学会,鹿児島商工会議所ビル),それは丁度「海の日」連休の直前で,それならということで,家族揃って,鹿児島からもう一息,屋久島まで足を延ばしたんだ.君もよく知っている通り,屋久島は屋久杉林の森林限界付近とそれを越えた山頂部と,そして人の手の殆ど入っていない希有な西部の照葉樹林帯が世界遺産に登録されているよね.この屋久杉の高齢な巨大杉を含む原生林の存在がその登録に当たっては重要なポイントだったらしい.日本で,文化遺産としては,法隆寺や姫路城や白川郷の合掌造り集落などが登録されているけれど,自然遺産はこの屋久島とブナ林でしられる白神山地の2箇所だけなんだ.
もうずっと昔に新井素子の「グリーンレクイエム」を読んだころから屋久島は僕にとっての未知の憧憬地の一つになっていたのだけれど,そして,残念ながら今回もユックンがまだ5歳にもなっていなかったために,歩いて辿り着くには少々厳しい状況だったので,2〜4時間のハイクしかできなくって,いわゆる最高樹齢といわれている縄文杉の根本までは行けなかったけれど,それでも十分,植物のつま弾く清廉なささやきと,高貴な孤高と,共棲の中に発酵する労りと慈しみと,そして,動かざるが故に齎される苦悩の発露を感じることができたように思う.島津藩の伐採により多く倒木となった巨木の上に,次の世代の屋久杉が芽生え,ヤマソテツやシダに敷き詰められた,幾重にも異る種類の緑を数えきれないほどに織りなしてたたずむ深い谷あいには,「ヒト」が入ってはいけない荘厳さと神秘と,しかし,それでも「ヒト」を受け入れてきた測り知れないほどの許容が錯綜していて,そのメッセージの膨大さと繊細さに僕ら3人は言葉を失い,身体と心を癒し,永遠への回帰(Return to Forever のリーダーであった Jazz Pianist は,その昔は Circle を組み,今は,Origin[MVCL-24008]ユニバーサルビクター]という新生バンドを世に問うている.これらはあるいはPlant の放つ無言の宣告と同じなのかも知れない)への憧憬に全てを委ねたい気分に満たされたものだったよ.
最近はメス化する自然と奪われし未来が,人々の口元に頻繁に登場しているけれど,だれもきっと創造者の意志には逆らうことができずに,「ヒト」の持つ「ヒト」の視点での破壊者という役割は,きっとこの美しい(これもまた「ヒト」の視点でしかないのかも知れない)天体の老化をほんの少しだけアクセレレートするための必須の行状でしかなく,我々の種はこのためにのみ,生誕したのに違いないと,それはあながちシニカルとは言えないであろう.それはまた,植物の哀しみをさえ齎すものではあるけれど,彼らの持つ動かざる意志は逆説的に許容の膨大さを物語るわけで,我々が動くことにより破壊し保守し戦闘し熟慮すること自体が,あるいは彼らにとっては,嘲笑(と感じるのは我々だけであり,彼らにはそんな意志もないであろうが)の対象でしかないのかも知れない.それは哀しいこと.そして辛いこと.でも,それも僕たちは受容しないといけないのかも知れないね.
さて,ほんの3〜4日の屋久島での休暇後,取り敢ず目の前の仕事に戻るべく,屋久島→鹿児島→岡山と飛行機で帰ってきたのだけれど,鹿児島岡山便は,鹿児島空港でも外れの方のゲートで,ちょっと淋しい感じだったのだけれど,そこになんだか似合わないロック野郎達が数人と仲間の女の子達が3〜4人来て,なんと同じ飛行機に乗り込んでくるじゃない.一人のロック野郎のレザーのズボンの後ろポケットには「頑張って!ななせ」のステッカー.なんだこいつらは,って感じだったんだ.そして,この便は30席程度の小さな飛行機で,彼らは他の搭乗者の迷惑も省みず,怖いだ,落ちるだ,危ないだと大騒ぎ,その中に大阪弁の女の子の声がしてたんだよね.こいつら煩いなあ,って感じで,ふと後ろを振り向くと,そこには大きなキャップとサングラスを取っ払った「相川七瀬」が.えっ,本物?って感じで,丁度その頃流行りの「sweet emotion」を思わず口ずさんでしまったのは,僕の不覚だっただろうか.でも,ちっちゃくって可愛い女の子だったよ.
そう,これが去年の想い出.また,何かあったら手紙するよ.e-mail address
を知らせてくれると,もっと,気楽にやり取りできるけど.じゃ,また,バイバイ.
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